2017年08月25日

ぼくの町の和菓子屋さん


桜木町のあたりにライブを観に行って参りました!

山田兎 from 京都
http://www.yamada-usagi.com/

彼のライブに初めて遭遇できた時のことはドエラい衝撃で、
それ書くと朝になってしまうんでそれはまたの機会にお伝えしますが、
まぁ、それ以来、「これは観ておかねば!」というワタシなりの肝のライブを観に行きました。
ですので、イントロを聴くだけでどの曲かわかるワケで、
聴いたことがない曲が演奏されるととてもワクワクします。

ハイペースであの街この街に歌いにいくミュージシャンを見るにつけ昔から
私には出来ないかもしれないな〜
来る日もうたい、また移動しては歌う。
そんななかでクオリティと自分の精神を保ちながら繰り返す。
途方もない日々に思えました。
余談ですが、おぼろげな記憶で、どのバンドだったかすぐ思い出せませんが
細野晴臣がvocalの曲の歌詞の一節に「楽隊稼業も飽き飽き…♪」というフレーズがあり、
妙に心に残っています。

幸か不幸か、今日まで私はそういう日々を送ったことがありません。

ですが、今日の彼のライブを観ていて 想いを巡らしました。

でも考えてみれば、大多数の人が、
同じようなことを淡々と繰り返しそれを仕事として暮らしています。

三浦知良氏の言葉としてどこかで読んだ記憶があるのですが、
自分にとっては毎日プレイしているサッカーだが、
誰かにとっては、一生に一度目の前で見る試合かもしれない。
それをいつも忘れずにプレイしたいと。

一方で、私がライブハウスで歌うようになって間もない頃
よく思っていたことを思い出しました。
古賀小由実さんは「人の生活に寄り添う、お気に入りのお茶碗のような音楽をつくりたい」と表現していましたが、
私は、「ぼくの町の和菓子屋さん」みたいなミュージシャンになりたいな、と。
お菓子も音楽も、ごはんと違って、全ての人が必要としているものでもありません。
けれども、それがない世界で生きて行くなんて考えられない、と思っている人もいます。
辻口博啓みたいな有名バティシエがつくるお菓子もいいけど、
ぼくの町の小さな和菓子屋さんみたいに、
素朴なお菓子をいつでも食べたい時に食べられるよう作って待っててくれてるみたいな
そんなミュージシャンになれたら素敵だな、と。
大恋愛を歌い上げるようなのじゃなくて、そこらに転がってる出来事に虫眼鏡当てて拡大して見た感じのうたとか。
ちなみに和菓子屋さんとなるのは、日本語で歌うからです。

まぁ、また今日も とっ散らかった文章になってますが、
推敲すると確実に明日沈没して仕事に穴を開けるか、凡ミスして苦〜いコトになるかっていうのが容易に想像できますんで、
ここらで筆を止めて、潔くアップしておきます。

そういえば、そういう町の和菓子屋さんみたいな人のこと歌ったうたがあったわ。
ということで、またしても気前良く(?)置いときますんで、
よろしければどうぞ!
http://ackeysongs.sblo.jp/article/180768705.html

あ、そうそう、肝心の山田兎氏のライブですが、
おそらくは ひょうどうさん あたりがゴキゲンな写真とテキストをアップしてくださると思うので、
目にしましたら、コメント欄にリンク貼っときますね。ではでは。
明日もつつがない一日を♪

posted by Ackey at 02:48| Comment(3) | 音楽

2017年08月14日

『小説の誕生』保坂和志 p53 より


これから引用する文章の出典が、このblogのタイトルだ、
というのも実はネットから探してきたもので、
たしかこの本は持ってないハズ。
今 夜中で図書館に行けないので、あとで検証して違ってたら訂正します。

以前も書いた氣がするけど、保坂和志という小説家が好き。
とはいえ、著作を全部読んだとか、揃えているとかいうワケでもないのだが。

twitter では、bot と呼ばれているものがある。
ロボットの略で、自動的につぶやきが投稿されるプログラムまたはそのアカウント。
◯◯さんbot というのは、◯◯さんの発信した言葉や作品の一節とかが、アカウント運用者のセレクションで機械的に流れてくる、というもの。
で、「保坂和志 bot 」というのをフォローしていて、
しばしばそこに流れてくる言葉に唸っているワケなんですが、
これ3回目くらい目にしていて、自分に刻む意味と、このあいだ観たライブのあとに
思い出したので、それに絡めて少し書いてみます。

ライブだ、トークショーだ、たま〜に個展とか。
結構、こまめに足を運んでいる。
とにかく体験じゃ〜! という主義なんで。
高校生の頃などは、ちゃんとノートにチケット貼って、感想書いて、とやっていたけど、
今はそんなふうに振り返ったり、言葉で表現する習作みたいのをやったりという物理的余裕がない。
でも、渇望しているので、行ってます。

すごく良かったのなどは、それこそ blog とかに書いたりすれば、
微力ながらその表現者の活動広報の一助になるのかも、とかも思うのですが、
なかなか……。
ときたま、それを観に行ったときの、本編とは全く違うちっちゃな出来事について
書くことがあったりする。
その理由が、まぁ、これかな、と。

--------

音楽でも絵でもそれをいいと思っている人は言葉を必要としていない。
音楽や絵の前で言葉を必要とする人はそれをどう受容していいかわからない人たちだ。

--------

とか言いながらも、氣分次第でライブレポみたいなのも書くかもしれないですけどネ♪
どう受容していいかわからない人にこそ、僭越ながら補完することで理解者を増やすきっかけとなればいいのかもしれませんけど。

なんか、語尾とかからして、とっ散らかった文章ですけど、アップしときます。

今日も つつがない一日を!


posted by Ackey at 04:19| Comment(5) | 深夜のつぶやき

2017年08月09日

わたしも虹の写真を撮った

niji_at_kunitachi.jpg


それに氣づいたのは人々がスマホ構えて空を見上げていたから。

その駅は改札を抜けると50歩も行けば外へ出られるこぢんまりとした造り。
今日も改札を出て進みふと外を見ると
数人が同じように両手でスマホを額の上のほうに持ち上げた格好でシャッターを切っている様子。
なになに?
空に何か?

目線を真似てみると、被写体が何なのかすぐにわかった。

私も彼らと全く同じ格好で、iPhoneに美しい二重の虹を収める。

改めて肉眼で見たら、とても美しかった。

まてよ。
スマホがなかった時代はどうだっかかな〜?
人の密度がもっともっと疎だったらどうだったかな〜?

ねぇねぇ 見て! と 思わず 近くにいた知らない人に
話しかけていたかもしれない。
そしたらそこに居た人のリアクションがチャーミングで
それをきっかけにこれからの人生の長い長い交流がスタートするかもしれない。

写真を撮ってる人たちの多くは、SNSに投稿して、同じ空間で共有できない遠くの知人に
この虹の美しさを伝えるのだろう。

飛行機に乗って旅をしたり
昨日会った遠くに住む人にメッセージ送ったらまたたく間に返信が届いたり。
もしかしたら人類が、長い長い間 望んで、頑張って、やっと叶えられたことなのかもしれないけど。

毎朝の通勤電車。
ぐったりして眠ってる人か、スマホに熱中してる人がほとんど。
ニンゲン観察してる人がすごく減ったな〜。

まぁ、オチを考えて文章を練り直すとまた、明日決めた時刻に起きられなくて通勤で疲弊するハメになるんで、このへんでアップしときます。

ま、今ほかに書くことあるんじゃね? って声が遠くから聞こえてきそうですけど、
本丸は緊張が過ぎて取り組むことすらできません。
あ〜 でもきっと、湯水のように創作の時間が手に入ったとしても
それはそれで、思うようにはいかないんだろうな〜。
今与えられている時間とか心の平静とか、十分すぎないけど困り果てるほどでもないお金とか。
そのなかでうまくバランスとっていく采配力こそが課題ですね〜

明日もつつがない一日を!



posted by Ackey at 01:43| Comment(0) | どれでもないカテゴリ