2016年12月10日

この blog を書き始めるきっかけを与えてくれたテレビ番組の続編が放送される様子!


NHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」[字]
12/11 (日) 21:00 〜 21:50 (50分)/ 再放送;12/14(水) 午前0:15〜1:05 (50分)

テレビ番組にも素晴らしいものがあるんだな、と。
どんな業界にも、心意気をもって仕事をするひとはいる。
○○界の人、○○好きの人、○○支持派 …… 一緒くたにして見たらダメだな〜
お時間ある方は是非、お時間なくて録画機器をお持ちの方は是非録画して時間を見つけてご覧になってみては!
私も、2年ぶりに観てどんなことをおもうか楽しみです。

番組公式ページ
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586825/

2年前にワタクシが書いた bolg はこちら
http://ackey365.sblo.jp/article/106039182.html

タグ:東田直樹
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posted by Ackey at 11:37| Comment(0) | どれでもないカテゴリ

2016年12月08日

うたのことばかり考えて生きてきたけど


歌詞を書き取るなんて何年ぶりだろう?
中学生の頃、家庭科の授業中『翳りゆく部屋』の歌詞を書き取るために
ぶ厚い漢和辞典を繰っていたら「何してるんですか!!」 先生に怒られた。
ま、今でもそうだけど、レコードとかCDとかDiscを買うことはほとんどないので、
歌はラジオや借りたレコードからカセットテープに録音して繰り返し聴いた。
もちろんパソコンもワープロも無い時代なんで、よく歌詞を手で書き取った。
十代の頃は、歌に助けてもらって生き延びた感じ。

大学でも専攻は国語学で、仲間と流行歌の歌詞の分析なんかをやって
当時の国立国語研究所に研究成果物を寄贈。
でも私は学者には全く興味がなく、” 自分で創ってなんぼ " 主義。

自分が食べたい味の料理は 自分で作るのが一番! と同じ感覚で
自分が聴きたい歌を自分で創って唄った。

さて、なんでこんなこと書き出したのかという話だが、
夜中にSNSを眺めていたら、
昨晩(2016年12月7日)テレビで放送されたFNS歌謡祭での長渕剛の生歌動画が流れてきた。
近年の彼の楽曲には全く耳を傾けていない私だが、
彼がデビューしたての頃は何度もコンサート(という呼称で小さなものは300人動員規模)に行き
生ギターの完コピ目指して日々練習していたというwww

で、流れてきた動画を「うわっ コテコテやわー (エセ関西弁)」と眉をしかめながらも
ヒット曲『乾杯』の歌い出しの前部分につけられた詞を見たら
書き取りたくなったのでこのblog。
字幕になっていたので、予め番組サイドでチェック済みな内容だということなんだろう。

歌にどれほどの力があるのか?
その歌は創った人 歌っている人 にとっての真実なのか?
紡いだ歌がマスメディアに載るというのはどういうことなのか?

……とかとか バカみたいにいろいろ考えてきた人生だったワケなのだけど
それを人生の真ん中に据えるぐらいの私だったワケで。
この動画を観て そんなことがせり上がってきたんでリンク貼っときます。
消されるのかもな、ってことでその冒頭部分書き起こししたんで
貼っときます。
(NGだと思うけど。埋もれてるblogなんでだいじょぶ?)

やっぱ 自分で創って唄ってなんぼ な状態に戻ってから死にたいですね。

しかし、気づいたらありえないほど更新が途絶えてて
生存確認の役割が果たせていないこのblog。
ま、誰かがこれで私の生存確認してくれてることもなさそうだけど。

------------

https://www.youtube.com/watch?v=GOC1ZWjVLNA


アメリカの大統領が誰になろうとも
凶とでるか吉とでるかって
そりゃ俺達次第じゃねえか
今日もマスメディアの誰かが
無責任な話ばかりしている
正義のツラして知ったかぶりしてる奴の
言うことに耳を傾けてる俺

これ以上答えのねぇ 話なんか聞きたかねぇ
歌の安売りするのも止めろー!
日本から歌が消えていく
日本から言葉が消えていく

自らの言葉をつむぐ歌い手たちが
群れをなして魂の歌を産む(つむぐ)ならば
俺達は歌によって
正しい道を見付ける事が出来るのに
「ウ・タ・ヨ ノ・コ・レ!」
「ウ・タ・ヨ ノ・コ・レ!」

俺達の東北、仙台、 俺達の九州、熊本
そして福島も頑張ってんだ
オリンピックもいいけどよぉ

若者の貧困、地域の過疎化どうする?
騙されねぇぜマスコミ
騙されねぇぜヒットチャートランキング
騙されねぇぜワイドショー

ところで、
けなげな少女の瞳が今日も銃弾に撃ち抜かれていく
岸に倒れた名もない兵士は
母の名を叫んで死んだ
アジアの隅に追いやられてきた
しなびきったこの島国で
屈辱の血ヘドを吐きながら(今日も)俺達は歌う

posted by Ackey at 06:14| Comment(1) | 音楽

2016年05月18日

世界を感知する その方法


そもそも物心ついてからの私といったら
興味が沸いたモノや人には、できるだけ接近してみるというのが基本。
その基本通りに生きてきたら、こんなことが出来た、あんな人と沢山の時間を共にすることが出来た、などなど、列挙したら虚言癖がある人だというレッテルが貼られてしまうだろう(笑)
ということに、前のクールで放映されていた坂元裕二脚本のドラマを観ていて気づいた次第。

それは只の前置きなのだけど、
今日も(って日付が変わったので正確には昨日だけど)その基本に従い、カルチャーセンターへ。
きっかけは twitterの保坂和志botだったと思う。たぶん。
「著書は全て読んでいて、どの作品の要約も今すぐ言えます」という類のファンではないのだが、
私の非常持ち出しリュックの中には、『それでも生きてゆく』の脚本と、保坂和志の文庫本『残響』が入っている。それくらい好き。
ちなみに、非常持ち出しリュックの中身は、なんとか生き残れた場合を想定して、支援物資では絶対貰えないもの、という基準で選定している。いざとなったら、良質な塩と水があれば2週間くらいは食べなくても生きられるという説があるが、腹を割って話せる人も近くにいなくて、音楽も聴けなくて、という状況下だったなら、こういう読み物の助けがないと生きられないだろう。
で、その保坂和志氏については間近で表現する場面を見たことがない、ということがかねがね気になっていた。そこに twitterの情報だ。

「科学と哲学の想像力 今回のテーマ:世界と時間、そして情報」
  講師: 哲学者 西川アサキ / 小説家 保坂和志

わくわくした。
知らないものに物怖じしない、という特性のおかげでこのテーマを見ても
「なんじゃそれ? わからん」ではなくて、「なんか面白そう」。
哲学を追究している人の話を聴くなんて、実に学生時代以来のこと。
パワーポイントで作られた資料を道筋として西川氏により、一見難しい考え方が解説される。
うわっ、なんでこの話になって、何を理解しやすくするためにここに踏み込んでるの?
と感じていると、受講者の声になってない声をすくい取ったかのように保坂氏が西川氏に問いかけを発してくれて、それを受けてまた西川氏が流れを要約、新たな例えを付け加えつつ先に進む。
こんな進行で約2時間。話の中に出てくる専門的な概念や哲学者の名前など知らないことが多いのだが、なかには「それ中学生の頃、放課後にベランダで友達と口論した内容じゃん?」と思うようなものも。そういう話はここ10年は誰ともしていなくて、いかに日々起きることがらを単一な思考回路で解釈して苦しみもがいていたか! ということに気づかされる。
肉体が物理的に経験しているとされることも、どういう世界観をベースにしているか、とか、
五感のうちのひとつの感覚が無視されていたなら、とかで、全然違った捉え方になるのだ。

居ながらにして、世界旅行どころか、宇宙旅行、しているみたい!

終わってから受講生のある人が
「こういう話を聞くこと自体が新鮮で、次に来るまでの1か月がとても楽しく過ごせる」
というようなことを言っていたけど、大きく頷ける。
いつもと別な方法で世界をみる、という時間は、ライブハウスで演奏を観てるに匹敵するほどステキな時間だ。

7月からまた3回シリーズで新たなテーマについて語られる予定。
西川先生は、次回もまた沢山の人に来て欲しい、と仰っていました。
https://goo.gl/FZywlD
(ちなみに沢山と言っても、ワタシがよく出ていたライブハウスのキャパくらいのスケールです)
なのに全く宣伝していないそうで(笑)。
受講生は実にいろんな方々がいらしてて、哲学に対して特段知識がなくても大丈夫。
「ハイ! そこのあなた、どう思います?」なんて当てられることもないし。

うわっ! いかん。もう眠らなくては!!
(こうしてこのまえ行った坂口恭平トーク&ライブのことを飛ばしてこれを書いたんだけど
 それはいつしか書くのか? 忘却の彼方へと追いやられてしまうのか??)

ちゃお!

posted by Ackey at 03:56| Comment(2) | 日記