2017年05月26日

世界を変えることは、できますか?


最初にことわっておきますが、
今日が特別苦しいとかそういう背景でこれを書いているワケではありません。

さて、これまで、何度も何度も何度も何度も思ったことですが、
今日私が謎の死を遂げたとしても、「別に自らそうするような理由は思い当たらない」
と、私を知る全ての人が口を揃えて云うだろう、と。
それはとりもなおさず、SOSを発信する場がどこにもなかったという結果だ。

10年も前に放送された坂元裕二脚本のドラマ【わたしたちの教科書】を全12回ぶっ通しで観た。
次の瞬間何をすべきか決められないとか
いの一番にやるべきことはわかっているけど脳のコンディションがそれにそぐわないとか
未来がすっかり閉ざされてしまったかのような絶望感に支配されているとか……
まぁ、そんなこんなな時に、
酒を飲むワケでも、モノを壊すワケでも、デカい声で怒鳴り散らして周りに当たるとか……
そんな発散法に馴染まない私は、坂元裕二の世界に浸る。

忘却力に優れているのが幸いし、何度か観た作品でも、ストーリーはすっかり忘れていて
初めて観るかのように、展開自体も楽しめる。

「世界を変えることは、できますか?」
謎の転落死を遂げることになる中学生が、冒頭の部分で新任の臨時教員にド直球の質問を投げかける。
まずここで落涙ひとすじ。
坂元裕二の紡ぐセリフは、ひとつひとつがある意味実にリアルで、
また歯の浮くようなこと言ってるワこのひと、というようなセリフのあとは、
そう感じ取ったのは私だけじゃないわね、やっぱり、という展開に。
登場人物はみなそれぞれに真摯に生きていて、小さな言動にも必ず裏打ちされる理由がある。
生きていると、実に理不尽なことばかり。
なんで私が? とか、どうしてこんなことに? とか容赦ない出来事が次々に起こる。

人との距離(つまり関わり方)とか、
生きているというこの時間をどう使おうと考えるかとか、
自分以外の人のことをどのくらい大切にするかとか、
結局 ひとは、自分が思う概念の通りに時間を進む。
たとえば、始終戦火に逃げ惑うような幼少時代を過ごしたとしたら、
毎日安心して眠れて、明日のごはんの心配もせず生きられることを
どんなにか恵まれた日々と思うことか。
だけども、幸せも苦しみも、結局は偏差値じゃなくて、主観だ。
こんな苦痛はとうてい堪えられない、と、
明日を生きなくていいようにしようとする人も ごくわずかなんかではない。

その謎の死を遂げてしまった中学生が、死の数日前に廃墟の壁に書いた文が最終回で発見される。
そこには、彼女なりに頑張って探し当てた、生きる続けようとする理由が書かれていた。
その一節がこちら。

ーーーーー
わたしには、8歳のわたしがいて、13歳のわたしがいて、
いつか二十歳になって、30歳になって、80歳になるわたしがいる。
わたしがここで止まったら、明日のわたしが悲しむ。
昨日のわたしが悲しむ。
わたしが生きているのは、今日だけじゃないんだ。
昨日と、今日と、明日を生きているんだ。
ーーーーー

自分を愛してくれている誰かのためとか、
誰かが本当は生きたかった時間を生きるためとか
そういう外に求めるものでなくて、心底安堵した。

死の真相が明らかになり、最終回のエンドロールの少し前に
冒頭の問いかけについて新入生たちが意見を出し合うシーンが流れた。
様々な視点が紹介された。
一番 ぐあっ ときたのはこれです。

「その質問は間違っていると思います。
 ひとは世界を変えています。
 わたしたちは生きているだけで、
 世界を変え続けているんだと思います。」
 
それからこちらも心に響きました。 

「世界は別に 誰のものでもないし、
 誰かの考えに合わせて変えるとかいうのは…
 おこがましい気がします。」
 
生き続けるために、生きる理由を考えることは必要ないことかもしれない。
そういうのは、ときに、一歩も足を進められないような段になって
湧き上がってくる自問なのかもしれない。
そもそもこんなこと考えるのは今のところ、地球上ではヒトだけかもしれないし。
 
本当は、こんなふうに文章にするんじゃなくて
うたをかきたいところ。そして歌いたい。
わたしのねがいはそこ一点なのに、邁進できずにもがいている。
それでも、進む。


posted by Ackey at 10:25| Comment(2) | 日記

2017年04月23日

そうだ! 近くから埋めていけばいいんだ!


敬愛するシンガーソングライターがたった今 SNSに書いていた。

録画していた倉本聰氏のドキュメンタリーを見て
「倉本さんは365日、アイデアがあってもなくても、なにがしかを絶対に書くらしい。
ダンサーやボクサーが、体や感覚を落とさない為、毎日練習するみたいに。」と。

ここのところの数年、身の回りがどんどん混沌としていってしまい、
宙ぶらりんのことがいっぱい。
なのにどんどん情報をキャッチしてしまい、
さらにやりたいことが中途半端なまま山積。

よく、
「明日までの命だとわかったとしたら、あなたは今やっていることをやっぱりやるか?」
という問いかけを見るけど、ほんとそうだ。

何が出来る人でいたいか?
それをするための回路を最期の瞬間まで保持したいものは何か?
これなんだ!

posted by Ackey at 01:13| Comment(0) | 日記

2017年04月12日

たっっっっっぷりの キャベツ


空腹に耐えかねて、マルタイの棒状ラーメン 博多とんこつ に たっっっっっぷりのキャベツ を入れて食べた。
どのくらいキャベツたっぷりかというと、
キャベツの中に麺が垣間見える感じ。
というか、18センチ位の片手鍋で作り始めたもんで、キャベツが十分に柔らかくなってから麺を入れたら、麺が踊る場が全くなくて、束になってしまったものまで。
そして、2種類あるスープの素のうちの、粉末のものだけを入れる。調味油は入れないのがワタクシ流であります。

大変美味しく戴きましたが…
満腹すぎる〜


posted by Ackey at 03:59| Comment(0) | 深夜のつぶやき